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ずぼらミニマリストよねです。
ミニマリストなのに推し活?グッズが増えるんじゃないの?そんな声が聞こえてきそうです。
でも推し活は、私にとって「要」なものです。
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今日は、ずぼらミニマリストの私がどうやって推し活とミニマリズムを両立しているかについて、正直にお話しします。
48歳、超特急にどっぷりハマっています
少し照れながら話しますが、私は47歳にして、あるグループに夢中になっています。その名も、超特急です。
最初はドラマがきっかけでした。そこからYouTubeやTikTokを見るうちに、パフォーマンスだけでなく、メンバー一人ひとりの人柄や関係性にも惹かれていきました。
画面越しなのに、見ていると元気になる。
一生懸命な姿を見ていると、自分ももう少し頑張ろうと思える。そんな感覚がありました。
先日はライブにも行きました。ペンライトを持って、会場で音楽を浴びるあの時間。正直に言うと、ものすごく楽しかったです。
「ミニマリストなのに推し活?」という疑問へ
推し活をしていると、必ずこう言われます。
「ミニマリストなのに、推し活?」
「グッズ増えるよね?」
「お金かかるよね?」
確かに、その通りです。推し活は場合によっては物が増えます。チケット代も、移動費も、グッズ代もかかります。だから、ミニマリズムとは相反するもののように見えるかもしれません。
でも私は、「絵に描いたようなミニマリズム」を実践したいわけではありません。何も持たないことがゴールではないのです。
私のミニマリズムの定義——「自分の状態がよくなるかどうか」
私の目的は、ミニマリズムの中から自分に合ったものを選び取って、充実した日々を過ごすことです。
推し活は、私にとって「不要」でしょうか。それとも「要」でしょうか。
迷わず「要」と答えます。
見ていると素敵な気分になれる。心が前向きになる。ライブの余韻で数日ご機嫌でいられる。日常の中に小さな楽しみが増える。
これが、私にとっての価値です。
ミニマリズムを続けてきて、私はひとつの基準を持つようになりました。
それは——
「自分の状態がよくなるかどうか」
グッズも、本当に欲しいものだけにします。置き場所も決めます。予算も決めます。
でも、「好き」という感情そのものを削ることはしません。
ミニマリストのSNSを見ていると、アンチコメントを目にすることがあります。
「それ、ミニマリストじゃないですよね」
「矛盾してますよね」
「本物じゃないですよね」
以前の私は、こういう言葉を見ると少し心が揺れていました。
自分のやっていることも間違っているのではないか、
中途半端なのではないか、と。
でも今は違います。
以前、小林正観さんの本で読んだ一節が印象に残っています。人にはそれぞれの正義があり、それを主張し相手に納得してほしいと思っているかぎり、戦争は終わらない——という趣旨の話でした。
自分の意見を持つことは大切です。
でも、その正義を他人に当てはめ始めると、摩擦が生まれます。
「本当のミニマリストはこうあるべき」「推し活は無駄遣いだ」——こういう言葉は、その人の正義から生まれています。
私は思うのです。
自分の正義は、自分の中で使えばいいのです、と。
「放っておける」ようになったとき、心は穏やかになり
心に余裕ができてくると、「あの人はそうなんだな」と思えるようになりました。
認めるというより、放っておけるようになった、という感覚です。
以前の私は、反論したくなりました。説明したくなりました。正当化したくなりました。
でも今は、あまりそう思いません。
なぜなら、私の目的は「論破」ではなく「充実」だからです。
推し活をしている時間は、私にとって純粋な楽しみです。
そこに「これは正しいのか?」というジャッジを持ち込むと、楽しさが曇ります。
ミニマリズムを続けてきて学んだこと——他人の目線で暮らすと消耗します。自分の軸で暮らすと、落ち着きます。
ミニマリズムが「好き」をはっきりさせてくれた推し活にはお金も時間も使います。
でも、その分、得ているものがあります。高揚感やときめき。仲間との一体感。非日常の刺激。それらをすべて「無駄」と切り捨てるのは、私にとっては豊かさを削ることになります。
私は物はあまり持っていませんし、減らしてきました。
でも、感情まで減らすつもりはありません。
むしろ、ミニマリズムを通して、好きなものがはっきりしました。
曖昧な買い物は減りました。なんとなくの出費も減りました。その分、本当に好きなものに使えるようになりました。
これが、私のミニマリストとしての推し活です。
ミニマリズムは我慢大会ではありません。減らすことが目的ではなく、自分の人生をよりクリアにすることが目的です。
誰かの正義に合わせて自分の楽しみを手放す必要はありません。でも、自分の正義で他人を裁く必要もありません。
自分の意見を持つ。でも、他人の選択をスルーできる。このバランスが取れたとき、心は穏やかになります。
私は今日も超特急を見て元気をもらっています。そして、ミニマリストとして暮らしています。矛盾ではありません。これが、今の私のちょうどいい形です。
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